第4〜6話
「ヒラカレタトビラ」
「カナシキゲンソウ」
「コノセカイノオワリ」

第4〜6話は宗教団体が運営する「シャンシティ」が舞台になります。
このシャンシティ編を通して「日本沈没2020」という作品の骨子が浮かび上がってきたように思います。それは日本の沈没は『物理的沈没ではない』というものです。


【”何か”にすがる人々】
シャンシティでは、死者の声を聞くというマザーや、大麻草の栽培、パーティなど、人間の精神を解放するようなアイテムが次々に登場します(それこそが宗教の本質)。モルヒネ中毒の国夫を含め、ここから分かるのは、人間は生来”何か”にすがらずには生きていけない存在だということ。誰しも心の拠り所が必要なのです。ここではその拠り所を《浮き輪》と表現したいと思います。


【浮き輪の例】
登場人物たちの”浮き輪”をまとめます。

・国夫:モルヒネ/死んだ孫がシャンシティで生きていると信じること。
・シャンシティの人々:マザー/死別した人の声を聞き、過去から解放されること。大麻/精神の安楽。
・マザー:息子/言葉を話せない息子に自分の力で生きる意味を与えること。


【物理的喪失よりも、自我の危機】
地盤が沈みゆく中、上記の人々はみな最終的にシャンシティに残るという選択をします。(その前に逃げ出した人たちは本質的に宗教に魅せられていなかったと仮定する。)
つまり、彼らにとっては、物理的に沈むこと以上に”浮き輪”を失うことの方が重要な問題だったということ。言い換えれば、”浮き輪”さえあればたとえ物理的な国土がなくても生きていけるということです。

シャンシティ編に登場したダニエルという大道芸人を見てみましょう。
彼の出身地ユーゴスラビアは、国土は残っているものの「国家」は無くなっている。それによって彼はアイデンティティの喪失を経験しています。だからこそ、世界中のどこでも生きていくための処世術として、平和主義的でフレンドリーな人柄になったのかもしれません。
このように、「国家=国土」ではなく、国家とはそもそも人々の共同幻想、宗教に近いものだということが分かります。

以上を踏まえると、

人は誰しも”浮き輪”のような心の拠り所を持っている。
日本沈没とは、物理的に国土が沈没する危機もさることながら、日本国家という共同幻想、アイデンティティ(浮き輪)が消失することでもたらされる人々の自我の危機を描いている
さらに、言い換えれば、人は何らかの”浮き輪”さえあれば、そこが日本だろうがどこの国だろうが、無国籍な海を自由に漂うことができる

というメッセージが読み取れました。